2013年4月18日木曜日

TRAD2(E-P5?)に期待するもの。

うわさレベルの話では、4月下旬にOLYMPUSは新機種、E-PL6
およびコードネームTRAD2(E-P5?)の2つを発表するらしい。
どちらも細かいモデルチェンジの内容は流れていない(WiFi内蔵
とか、色が何色とかそんなのだけ)。

新機種に対して個人的に希望するのは、フォーサーズレンズで
まともにAFが駆動するボディにしてくれということだけだ。
そうでないと購買意欲がわかない。
現状のMFT機に、アダプタ経由で50-200SWDをつけたとき、SWD
が「怪しげで無駄な動きをしながら電池だけを消費する」装置に
成り下がっているのを見ると悲しくなってくる。

少なくともうわさレベルではフォーサーズレンズに対応する機種を
開発中とは話が出ているので、期待しているのだが・・・
ここ2年ほど裏切られてばかり。

オリンパスさん本当に頼むよぉ。

http://www.dailycameranews.com/2013/04/olympus-pen-e-pl6-and-trad2-cameras-ready-to-be-announced/

2013年4月17日水曜日

防水コンパクトデジカメに防水プロテクターは必要か?


その昔、といってもほんの10年ほど前までの話だが、川で水辺の生物
の調査をしながら写真を撮ることは、かなり気を使う行為だった。
防水のカメラなどないので、機材をぬらさぬよう細心の注意が必要だっ
たのだ。
その後、時代は進み、今ではデジカメ各社から防水のコンパクトデジカ
メが発売されている。
便利な時代になったものだ。

さて、仕事柄、私はこうしたカメラを使う機会が多い。ただし、かつての
苦労を知る身としては、この手のカメラが出だした頃は、「防水性能を
どこまで信頼していいのだろうか?専用の防水プロテクターが出てい
るならつけたほうが良いのでは?」、と悩んだものだ。

ただ、当時も今も金銭的事情が苦しいという点では状況が変わらず、
本体と同程度の価格を出して、プロテクターを買うという選択肢はえら
ばれなかった。
結果、「そもそも防水とうたっているのにその防水プロテクターが出る
とはどういうことだ!」と半ば逆切れしながら、むき出しで使うことにし
ていた。

しかし、これまで使ってきた数台の防水カメラ(OL社製、PA社製、PE
社製、SO社製)はいずれも、私の主戦場である「水深1mより浅い淡水
の流水域」に限って言えば、潜ろうが、錘をつけて1時間沈めようが一
度も水没はしなかった。
防水の名に偽りなしというところか。
蓋にちょっとしたパッキンが付いているだけなのにたいしたものである。

しかるに、これらの機種について言えば、「防水プロテクター」は、ダイ
ビングで数メートル以上潜るような場合に限って必要であり、水際の
ぬれた手で扱うとか、川の浅いところで水中撮影するという程度の用
途の場合、「防水プロテクター」はなくても十分に役を果たせるといえ
よう。

まぁ、あくまで自己責任の部分ですが、参考まで()


注:「防水」という点に限る。実は、物理衝撃に関しては貧弱と思われる
商品もあり、これを改善するためにつけるというのはありだと思う。


シリーズ「我が愛機」 第一回:OLYMPUS C700UZ


プロフィールを書いていて、これまでにずいぶんと多くのデジカメを使って
いたことに気がついた。その数、実にコンパクトデジカメで7台、ミラーレス
・一眼レフで5台、合計12台にも及ぶ。
このうち、5台は破損なり売却なり譲渡なりの理由で、既に自分の手元に
はない。
ふと、いなくなったカメラ達について思いを馳せてみたくなった。

そんなわけで、シリーズ「我が愛機」として、第一回の今回は、私がはじ
めて手にしたデジカメであるOLYMPUS C700UZについて振り返って
みたい。

<OLYMPUS C-700 Ultra Zoom>
画素数:211万画素
撮像素子:1/2.7CCD
焦点距離(35mm換算値)38-380(光学10)
F値:2.8-3.5
シャッタースピード:16-1/1000
撮影感度:ISO100-800
記録メディア:スマートメディア 
液晶モニター:1.5インチ(11.4万ドット)
ファインダー:0.55型カラー液晶EVF11.4万ドット)
電池タイプ:単三x4
動画撮影サイズ:320x240(15)
連写撮影:1.5コマ/

特筆すべき点は、やはり光学10倍ズーム。35mm換算で400mm近い画角
がコンパクトなボディーに収まっていたのは当時としては驚愕であった。
他の方法でこの画角を得るには、一眼レフ用の大きく、高額なレンズを購
入せねばならなかった。

このカメラは望遠端で300mmを超える初めてのコンパクトデジカメだったと
思う。私はオリンパスのこういうパイオニア精神が大好きだ。
さらに、レンズのスペックは今のカメラのものよりも良かったのではないかと
思わせる部分もある。広角端でF2.8スタートというのも、当時、他社ではなか
った気がする。

他は、まぁ時代なりのスペックと言いましょうか、今の機種と比べると液晶は
小さいし、スマートメディアなんてもう残存していないようなメディアを使って
いた。よく壊れたなぁこのメディア。
連写が秒1.5コマというのは、ある意味ちょっと面白い。
指で連打した方が速いだろうな。

さて、このカメラ、私の購入の主要因は望遠で鳥を撮るぞという思いであった
ハズだ。しかし、今ディスクを見直してみたら鳥の写真なんて一枚もない。
どういう訳か魚の標本写真ばっかり。

思うに、デジカメなるものが欲しかっただけなのだが、それだけじゃ購入する
理由として弱いので、必死に妥当な理由を探したのだろう・・・購入前の
動機など、買ってしまえばどうでも良くなったに違いない。

なんとなく当時の心境が手に取るようにわかる。

シマウキゴリ (By C700UZ)

2013年4月16日火曜日

動画かスチルか、はたまた両方か。。。


どうしよう。物欲が止まらない。

事の発端は先日、マルタの産卵撮影で動画か写真か迷ったあげく、
写真を選択し、結果がいまいちだったことにある。

そもそも、私の場合、撮影には芸術性よりも、「データとして利用可能
な記録性」こそ第一だと思っている。そうであるならば、場面の一シー
ンしか切り取れない写真よりも、一連の行動をおさめられるビデオを
使うべきであろう。

しかし、実際にはそうもわりきれず、産卵の瞬間を「バッチシ切り取
ってやろう!」という欲が出てしまうのだ。あげく、迷った末にスチル
を選択することが往々にしてある。

そんな矛盾が故に、今、私の心の中では以下のような葛藤が吹き
荒れている。

私A:「そろそろ動画も撮れる一眼、買った方がいいんじゃないか?
なんだかんだ言ったってそれしか解決方法はあるまい?」

私B:「し、しかし先立つものが・・・」

私A:「カードがあるじゃないか、カードが。リボればいいんだよぅ。」

私B:「そ、それもそうかな。で、でも、そうするとE-3の出番が・・・
こいつは当時10万以上もしたフラッグシップ機(最上位機種)で・・・」

私A:「よくわかんないことを考えるなぁ。
デジタルの世界じゃ5年も6年も前のフラッグシップなんざ、今時の最
下位機の足下にもおよばないことくらいわかってるだろ?
第一動画が撮れないじゃないか。
その時点で生物の行動を記録するには不十分だろ。
何を迷ってるんだ?
同じ自分ながらあんたが不思議だよ。」

私B:「うう・・・。その通りなんだけど・・・。フジヤカメラで1万円切
っているカメラが、愛機E-3よりも優れているなんて思いたくなくて・・・」

私A:「愚かな。世の中実力主義だぜ。TPP参加だぜ。聖域なんてないのだ
よ。」

私B:「ぐふぅ・・・」

こんな感じで今のところ私Aが押しているが、まだ勝敗は決していない。

私が今使っているカメラ規格である「フォーサーズ」ではボディが2年半
ほどでていない。このまま出さずにフェードアウトするのではないかという
噂もかなりの現実味を帯びてきている。
そうであるならば、現有のレンズを活かすためには、選択肢は今と同様に
オリンパスが扱っているマイクロフォーサーズしかない。
しかし、マイクロでフォーサーズレンズを使うと、生き物撮影で使うには
AFがあまりに遅く、不安定であるという問題点がある。

フォーサーズレンズをストレス無く使えるマイクロのボディを出してくれる
ならば、あえなく押し切られると思う。しかし、幸か不幸かオリンパスさん
は出してくれない。そのため、動画も撮れる一眼が欲しいとは思いながら
ずっと今の位置にいる次第だ。

現状として、保有しているフォーサーズレンズ、50-200mmSWD、14-54
mm、50mmマクロの3本のレンズには激しく思い入れがあるので、売る気
などさらさらない。
でも、今後の選択肢がない以上、あまりこの辺の思い入れにこだわりす
ぎるわけにもいかない。限界に達すれば、これらを売り払ってNIKONあ
たりへの乗り換えも本格的に考えねばなるまい。
遅かれ早かれ動画のとれるカメラは買わねばならない(?)し、悩んで
いるうちに今年の魚の繁殖期を逃すのはあまりに痛い。

たのむよぉオリンパスさん。150mmf2.0とか、7-14mmf4.0とか化け物みた
いなレンズを出していたあの頃を思い出してくれ!
そして素晴らしい瑞光レンズ群を無駄にしないでくれ!

2013年4月15日月曜日

像の見え方



先週末は、家から車で30分、利根川を挟んでお隣の群馬県邑楽郡板倉町は雷電神社へ参拝に行ってきました。
お目当ての一つはこれ、撫でると地震を除けて自信が湧き出る「なまずさん」への参拝です。
どうです?淡水魚好きには外せないでしょう。



しっかし、素晴らしい造形でした。この恨めしげな目が、私の日頃の行いを見透かしているようで少々「ごめんなさい」という思いに駆られてしまいました。
それにしても、この目、はえ縄にかかったナマズとそっくりだなぁ。

なお、神社ではナマズ関連のお守りがいくつか売っています。
私も当然スルーなどできず、こちらのお守りを購入しました(600円)。



また、神社の社殿には素晴らしい彫刻が施されています。
彫刻は、ウナギを捕る子供達の様子や水の上に構える竜など、川とのつながりの深さを感じさせる物が多いです。
正確なところは分かりませんが、利根川沿いの町であることを反映し、川から得る恩恵や、逆に川からもたらされる災害への畏れなどが表現されているように思われます。



そしてもう一つのお目当てがこれ。実はこの神社の前にはナマズ料理をメインにした川魚料理屋さんがあります。
ここでは、ナマズの天ぷら(1枚300円)や、ナマズのたたきあげ(ナマズのすり身を揚げた物:1個50円)を持ち帰りで購入することができます。



最後に、駐車場の脇にある仲良しな童子童女の像に参拝。
結婚前に見てもきっとたいして感じるものはなかったのかと思う。
しかし、今見るとうちのちび達(娘と息子)がじゃれている様子に重なって実に響いた。
こういう仏像などの抽象的な造形は、見る物の心次第で感じ方が大きく変わることを改めて実感した。



これまで書いてきたように結構いろいろと見るものがあり、この神社はおすすめです。
ちなみに隣に板倉中央公園という公園があります。
ここには、簡易のアスレチックがあって子供も遊べます。
人も少ないのでお子様連れの方も是非どうぞ。



大きな地図で見る

2013年3月7日木曜日

産卵行動体験記 ナマズ ~変・態・覚・醒~


最初に産卵行動を見た魚はなんですか?

私はナマズです。

学生の頃には、魚を調べていたこともあって、ナマズの卵や仔稚魚は見つけたことはあった。
しかし、産卵行動そのものを見たのは社会人になってからだ。
今から十数年前、確か、大学院を出て二年目だったと思う。

当時、私は北海道の調査会社に就職していたのだが、その折、大学院当時の指導教官から「アユモドキの産卵調査をするのだけど手伝えるか?」と誘っていただいた。
魚好きでこの誘いを断る人はいないだろう。即答で参加することにした。

向かったのは京都府亀岡市。私の学生時代のフィールドで、琵琶湖淀川水系に残る最後のアユモドキ生息地だ。アユモドキとナマズの産卵場所はよく似ている。

アユモドキ

ここで、少し話はそれてしまうのだが、今後の話に必要な情報なので、ちょっとだけ日本に生息する淡水魚の起源の話につきあっていただきたい。
日本の淡水魚は、日本がユーラシア大陸と陸続きだった時代に、大陸から入ってきたとされている。そして、その経路はざっくりといって2種類にわけられるようだ。一つは、ロシア側の川伝いで大陸から入ってきた経路(北側の経路)で、もう一つは中国・韓国側の川伝いで入ってきた経路(南側の経路)だ。
このうち、南側の経路からきた種類は、大陸南部の”雨季”と”乾季”のリズムが生活に染み付いていて、日本の”雨季”、つまり「梅雨」の時期を産卵期とする種が多い。そして、それらの種にとっては、雨による増水で川があふれてできた湿地などが重要な産卵場所となる。
しかし、現代では頻繁に川が氾濫しては困るので、川は洪水とならないようにしっかりと管理されており、増水でできる湿地などはそうそうあるものではない。

それでは、こうした魚たちはどこで産卵するのか?
そのヒントは人間の生活にある。
実は、私たち人間の生活の場にも、雨季と乾季に近いリズムがあって、梅雨の時期に水が入りだす環境がある。そう、水田だ。
ご察しの通り、魚たちも、”水田”および”用水路”を産卵場所として利用する。
アユモドキもナマズも、ともに大陸の南側に起源する魚であり、産卵する水域として水田と周辺の水路を利用する点で共通している。

さて、話をもとに戻そう。
当時、アユモドキがいる場所はだいたい分かっていたけれど、産卵場所はわかっていなかった。
正確には、場所の見当がついていたけれど、そこであるという確証がなかったのだ。

産卵場所だと見込まれていた場所は、川の中に設置された可動式のダムの周辺。
田植えの時期になると、ダムを立ち上げ、川の水位を上げて水路や水田に水を入れる。
つまり、ダムで一時的に川が増水してあふれたような状況となる。
この、ダムによって水没した場所こそ産卵場であるという仮設をたて、そこで産卵の目視観察を決行することにしたのだ。


ダムは朝に立ち上がり始めた。
水位は順調に上がり、それまで草むらだった場所が水没し始める。草間に潜んでいた昆虫たちは「うわぁ~」とばかりに草を上り始め、ついには水面に浮かびだした。
そうすると、次は水面に波紋がたち始める。
波紋を起こしていたのは魚。チャンスとばかりに水面に浮かんだ昆虫を食べはじめたのだ。

「増水って昆虫にはなかなかシビアなイベントだなぁ」などと思いながらすごすうち、お昼過ぎには水が水路に入り始めた。

すると、水路からなにやら水音がする。何かが水路を遡る音だ。

それは何か?

正体はナマズだった。
普段は石の隙間などに隠れて見えもしないのに、無防備さたるやなんたることか、水深3cm程度の浅い水路を背中を出して上っていく。
彼らにとって増水とは、かくも刺激的なものかと驚いた。
一本、また一本と、20本ほどのナマズがあがった頃、水路の水深は深くなり、ナマズの姿も見えなくなった。



さて、その頃にはダムの貯水位はほぼ満水となっていた。
時はすでに夕方。アユモドキの産卵場とにらんでいた場所もすっかり水に浸かっている。
主役を放っておくわけにはいかないので、私は自分に与えられた持ち場に着き、観察を開始した。

しかし、水に浸かった草むらを眺め続けること数時間、残念ながら”主役”の産卵らしき様子は見えない。いや、2度ほど姿(らしきもの?)が見えたのだが、水が濁っているのと、懐中電灯の弱々しい光では何をしているのかさっぱり分からなかった。そもそも、懐中電灯で照らせる直径1.5m程度の円の中で、産卵のようなイベントが起こる可能性はとてつもなく低く思えてきた。



「こりゃ、厳しいや…」、どうしようもない敗北感を感じ、持ち場を離れて散歩することにした。


向かったのはナマズの遡上していた水路だ。
闇の中、懐中電灯で水路を照らしながら歩いた。
ほどなくして、水路の途中にある桝で何かが動く。

ヌラリ…ヌラリ…

ナマズだ。
音がするわけではないのだが、ナマズは産卵時、雄が雌に巻き付く行動をとる。この様を、水上から見るとまさしくこんな表現が適切かと思う。
観察者である私などいないがごとく、一心不乱に絡まりあっていた。

ナマズの産卵1:ヌラリ・・・ヌラリ・・・の図


ナマズの産卵2:オスが巻きつくとちょっと停止する。
その後、はじけるように2尾が別れるのだが、放卵放精はこの時か?


初めて見る魚の産卵行動に興奮することしばし、やや冷静さを取り戻すと、周辺でも「ザザッ」と草が揺れたり、「ピチャ」と小さな水音がしていることに気づいた。

「もしや」と思い、ライトを向けると、なんと、同じような光景はそこかしこで展開されている。
水路も、水の入った休耕田も…

想像して欲しい。
暗闇にあなた一人、周りは何かにとりつかれたがごとく次の世代を残そうとする魚達の艶めかしい光景に囲まれている。
そんな状況におかれたとき、何を思いますか?

怖い?
気味悪い?

私にはあまりそういった感情は浮かばなかった。
私の目に彼らの姿は、これまで誰からも教わったことのない、あえて誰も教えようとしなかった、いやいや、むしろ目につかないように隠されている、それでいて、人間も含む生き物が生きていくのに欠かせない、とても大事な一面を体現しているものに映り、ただただ見入った。

この一種独特な感覚は、産卵を見るときは今でも感じる。
特に、自分一人で見ている時に強く感じる。この感覚を味わいたくて、今も産卵を見に出かけるといってもよい。
いうなれば、この時は、私が産卵観察マニアへと覚醒した時だったといえる。仮面ライダーで言えば、変身ベルト(ドライバー)を手に入れた瞬間だ。


さて、観察は日付を超えるまで続けたが、結局この日は肝心のアユモドキの産卵は確認できずホテルへと帰った。
翌日、私はナマズとの出会いを期待して同じ水路に行った。
朝にはまだ産卵している個体もいたけれど、その数は昨晩と比べて少なかった。そして、夕方にはもう、産卵する個体は見かけなかった。
1年のうち、初夏の増水した日、その後の極めて短い期間だけが彼らの宴の時なのだろう。

時が過ぎれば、再び元の川に戻って、岩陰ですまし顔で暮らしているに違いない・・・

そんなことを思うと、昨晩は普段は出さない彼らの本性を見ることができたように思えて、再び妙な喜びがこみ上げた。

追伸:当時私はたいしたカメラももっておらず、撮影時間帯が夜中なのもあって、ろくな写真が撮れていません。今も機材面(技術面も)が充分であるとは言えず、行ってもあまりいい写真が撮れる気がしません。そのため、毎年、ナマズの産卵期(梅雨の時期)になると、「高感度に強いカメラならいけるかなぁ~」とか「ちょっとまともなフラッシュが必要か?」などと物欲が刺激されます。
自分も南方由来の種なのだろうか?

三尾で絡まりあう。ただしピンボケ・・・手前の草にあってる。


2013年1月22日火曜日

禁煙一ヶ月・・・変化の記録


禁煙してそろそろ1ヶ月になる。
いまではあまり禁じている感じがしないので、うまくいっているといってよいのではなかろうか。とりあえず、いままでしてきた禁煙の中では最長記録だ。

禁煙すると体に結構な変化があって、自分を使った人体実験みたいでちょっと面白い。人生においてそうたくさんある出来事でもないので、とりあえず、現時点での覚書としてブログにでも残しておこうと思う。

第一に、睡眠時の熟睡度が変わったようだ。目覚めがとてもよくなったし、睡眠時間が短くても疲れは十分に取れているように思う。そして、長年悩まされていた寝不足っぽい頭痛が一切なくなった。
第二に、味覚、嗅覚が明らかに鋭敏になった。味覚に関しては基本飯は薄味で十分。ラーメンなどを食うとちょっとしょっぱすぎるようように感じる。なにしろ素材の味が良く分かるようになった。においについてはいろいろと敏感になったのだが、一番気になるのは皮肉なことにタバコのにおいだ。喫煙所の付近などを通りがかったとき行って吸ってみたくなる時もあるし、煙くて妙に気になるときもある。また、喫煙者などが電車で隣に座るとすぐ分かる。なんというか、良くも悪くも無視することができないにおいらしい。ちょっと前までは自分がそのにおいを全開に出していたというのにゲンキンなものである。
第三に、体中の血行がよくなった。特に体の末端部はこの変化が適面で、爪の色などは以前は白っぽかったのが、今では桃色だ。冬場の潜水でつらかった足や指先の冷え性も完全に治った。また、抜け毛も減った気がするが、こちらは単なる願望かもしれない。

このように、禁煙では体に対して総じて良い効果が見られてはいるのだが、困ったこともないでもない。なんだかわからないが、禁煙してから血圧の値が跳ね上がったのだ。禁煙前の血圧は一般平均よりもだいぶ低かったのだが、禁煙後は上が160で下が100みたいなとんでもない数字が出だした。今はだいぶ落ち着いてきたとはいえ、高めであることにはかわりがない。別に目に見えた実害があるわけでもないのだが、脳溢血にでもなったら恐ろしいので、塩分は控え目にしている。
それともう一点、体の話ではないのだが、仕事面では区切りが悪くなった。喫煙時は良くも悪くも「ここまでやってから一本吸おう!」という勢いでやっていたので、区切りが明確だった。ま、タバコのために働いていたようなところはあったのだが、これはこれで強制的にでも仕事が進んでいた。禁煙後はというと、区切りがなくえんえんとやっているので、どこまでどう進んだか不明確で、一日終わったときの作業量は禁煙前より少ない気がする。このあたり、心がけ次第な部分でもあると思うので今後は改善していきたいところだ。

最後に、プラスなのかマイナスなのか良く分からない事もある。それはお金の話だ。喫煙時はほぼ1日1箱、つまり1日410円がかかっていたのでこれが1ヶ月になると、1万円以上がタバコだけでかかっていたことになる。我が家では一ヶ月あたりのお小遣い制が採用されているので、これは結構な出費である。禁煙の結果、タバコで使用していた分のお金がすべて浮くことになった・・・のかと思いきやそれがそうでもない。事あるごとに家族から「お父さんは禁煙したからお金あるもんね」と言われ、子供と映画を見に行く(もちろん子供の)など、明らかに喫煙前は家計から出ていた出費に対して負担をせざるを得なくなったのだ。このあたり、少しでも文句を言えば小遣いそのものがカットされそうなので、黙っているのが賢明と見た。
徐々に打開策を見出したい。