2013年11月18日月曜日

風土の化身

ずいぶんと更新が滞ってしまいました。
10月はほとんど何も書かずに過ぎてしまったのですが、書きたくなるようなことがなかったわけではありません。ただ単に、筆不精ゆえ、何を書こうかと悶々と過ごすうち、多くは話題すら忘れてしまったのです。
このままいくと全て忘れ去りそうなので、とりあえず印象の強いところから書いてみることにします。


~~
先月の中頃、学生の頃から通っている京都府亀岡市に行きました。
亀岡市は、京都市の西側にあり、Googleの航空写真で見てもらえば分かると思いますが、「盆地中の盆地」と言っても良いくらいの地形の中に位置しています。
つまり、周り全てが山で囲まれ、盆の底のような場所にあります。
亀岡盆地の水の流れに着目すると、周囲の山からはあらゆる谷から水が入ってくるのに対して、水の出口は保津峡(桂川)一箇所しかありません。
言ってみれば流入河川がたくさんある湖のような地形であり、事実、その昔は湖だったようです。
こんな場所ですから、ひとたび大雨が来ると、周囲から入ってくる水に対して出て行く水が少なくなる。
つまり、川の氾濫がおきやすい場所となっています。

もう2ヶ月くらい前の話でしょうか、2013年9月16日の台風による豪雨で桂川が氾濫し、京都嵐山で冠水被害が出たことは記憶に新しいところだと思います。
有名な渡月橋が流されんばかりに増水した桂川の映像は衝撃的でした。
あの日、嵐山の上流にあたる亀岡市も、相当な浸水被害があったようです。
先月訪問した際に、その時の写真を見せてもらいましたが、写真の画角には収まりきらないほど、どこまでも濁流が広がっているような状況に見えました。
川からはだいぶ離れたJR亀岡駅までも浸水してしまったようです。

さて、このときの増水状況の写真をデジカメの背面液晶でスライドショーのように見せてもらうことしばし、違和感のある写真が目に留まりました。
目の錯覚か、濁流の中に人がいるように見えるではありませんか。
洪水に飲み込まれている・・・というわけではなさそうです。
どうも、そのおじさんは濁流の中で巨大な三角網(サデ網)を振り回しているように見えます。
そう、魚を採らんとしているよう見えるのです。

以前、ナマズの産卵のところでも書きましたが、日本の淡水魚のうち、いくつかの種類は増水でできた一時的な環境を産卵場所として使っています。
代表的な種類としては、ナマズ、フナ類、ドジョウ、タモロコ、そしてアユモドキなどがそうです。
そして、亀岡はこれらの魚の量が他の地域と比較して尋常ではなく多いのです。
これは、先述した氾濫がおきやすいと言う風土のおかげ・・・と、いうよりも、これらの魚は亀岡のそうした風土が具現化した「化身」のようなものではないかと思えます。もちろん、アユモドキがいまなお生息しているのも、そうした風土ゆえとも言えるのではないでしょうか。

話がややそれてしまいましたが、どうも、亀岡の人々は洪水に悩まされつつも、魚を利用すると言う面においてはうまく増水と付き合ってきたフシがあります。
先述のおじさんは、おそらく増水時は魚を採るチャンスであるということが頭の中にインプットされていたからこそあのような行動をとったのでしょう。
また、かつては「じゃこ田」といって、川に近く、増水で冠水しやすい田んぼは魚が多く取れることから、秋にはこうした田んぼでの魚を採る権利を入札して争うというような制度もあったようです。
私の学生時代の調査地にしても、田んぼに上がるナマズやフナを捕まえたなどという話は農家の方から普通に聞くことができましたし、秋の水田落水時には水の少なくなった水路に煮詰まるように集まった魚を地元の方が我先にと持ち帰っていました(しかも、きらびやかなカネヒラなどには目もくれず、味の良いタモロコとかドジョウばかり!)。
このような話や光景に触れ、生まれてこの方、自分の住む地域の自然物に食を依存することなどない私は、人間もまた風土の中で暮らす生き物であることを認識させられ、けっこうなカルチャーショックを受けたものです。
今回見た濁流の中で魚を採らんと網を振るおじさんの写真からは、その学生時代に受けたものと同様の衝撃・・・というか感動のようなものを感じました。
と、同時にこのおじさんは、亀岡の魚同様、風土の化身そのものではないかとも思えました。