2020年10月8日木曜日

妄想捨て難く

いつぞやの某国家試験にて、「日本の世界自然遺産のうち、2箇所について特徴と課題、および課題の解決策を示せ」的な問題が出た。そこで当時の私が選んだのが知床と小笠原。よもや今年、2週間程度の間に両方行くことになろうとは…
つくづく縁ってあるものだなぁと感じる今日この頃である。
知床に関してはこれまでも何度か行っているのだが、小笠原は初めて。なんせ移動は船のみ。週一便しかないうえに、所要時間は東京竹芝桟橋から24時間である。旅程は最短でも5泊6日(現地は実質3日)を要し、お金的にも時間的にもそうそう行けたものではない。
フェリーにまとわりついてきたのはカモメ…ではなく、カツオドリでした。

フェリーに乗るなんて学生時代以来である。
おそるおそる竹芝桟橋でチェックインすると、オデコにピッと体温計を当てられた後、わりとあっけなく客室に通された。客室は特二等寝台。コロナで乗客数を制限しているため、隣のベッドに人はおらず精神的にだいぶ楽に過ごせた。とはいえ、ネット環境はないし、甲板に出られる時間も限られている。売店に行くか、本を読むくらいしかすることがない。物書きでもすればと思ったが、これもなかなか気が進まない。時間があったってしないものはしないものなのだなぁ…なんて考えているうちに、パソコンすら開かずに長いはずのクルーズは終了へと向かっていった。
しかし、世の喧騒と隔離され、いろいろ諦められる空間というのも、たまには良いものである。横になって揺られているうちに驚くほどの時間寝た。ここ10年のうちで一番長く寝たのではなかろうか。
島が近くなり、甲板が開放されたので外に出ると、10月の関東では懐かしくなりつつある”湿度の高いムッとした空気”に包まれる。そして、フェリーの周りには飛び回る海鳥。一見、どこのフェリーでもありそうな光景だが、飛び回っているのはカモメ…ではなく、カツオドリ。いきなり南の島に来たことを実感したのでありました。

さて、今回はたまたま仕事があったから来ることができたのではあるが、それゆえに日中に自由な時間はほとんどなかった。最終日には多少の時間はあったが、南西に後に台風14号となる熱帯低気圧が出現し、なかなかの風雨。海洋系アクティビティなど夢のまた夢。川も増水して茶色に…。
そんな中でも”何かしらの収穫を!”との思いで川をチマチマと探索し、タネカワハゼ、チチブモドキ、グッピー(萎)、オオウナギ、オガサワラヨシノボリには出会うことができた。
小笠原父島は、島自体大きくない上、山も低いせいか、存在する川はことごとく小さい。行動した範囲内では、水深は深くても20cm、川幅は1m以下の川しか目にしなかった。渇水期なんか水が枯れるんではないだろうか…
こんな小規模な場所でもきっちり独自の進化をしているヨシノボリという魚、恐るべしである。こやつらの祖先は一体どうやってここまで来たのやら。
タネカワハゼ
チチブモドキ
オオウナギ
オガサワラヨシノボリ コンディション悪し。撮りなおしたい…
オオウナギ…とグッピー
淡水魚以外にも、いろいろな生物を見ることができたのだが、ここで痛感したのが予習不足。
いやね、私でも固有種で構成された島嶼生態系があることや、それが外来種に脅かされていることくらいは知ってましたよ。
が、いかんせん知識が浅いんです。目にするあらゆるものの種名がわからない。なんなら外来種と在来種の区別もつかない。鳥とか魚はまだ良いのだが、カタツムリや昆虫、植物は少しでも予習しておくべきだったかと反省している次第である。
まぁ、あくまで主目的は仕事である。私の極めて限られた頭のリソースをそちらにばかり割いていたらそれはそれで問題なので、致し方ないところではあろう。仕事中はいろいろと気になるものを目にしながらも、もやもやと過ごしていた。最終日になってビジターセンターに入り、ようやく「あぁ、あれってそういうことだったのか」と、膝を打つことしきり。
できることならいろんなものをもう一度見たい…。
やはり世界遺産では最初にビジターセンターに来るべきですな。正直、今回の感じは、予備知識もなく行った修学旅行の京都寺社巡りと似ていた。当たり前といえば当たり前だけれど、物も場所も生き物も、背景があってこそ楽しみが増すものなのですな。
小笠原ビジターセンター 最初に行ったけばよかった!いや、そんな時間はなかったが…
ビジターセンターでもらえるパンフレット類。最近のビジターセンターのパンフレットは素晴らしい。ここのも秀逸。かなりのことが学べます。

正直に申し上げますと、今回来るまで小笠原諸島には「青い海で若いおねいさん達が素肌あらわにキャッキャと海洋系アクティビティを楽しんでいる」というヨコシマ極まりないイメージを抱いておりました。が、実際行ってみると、コロナのご時世もあってか、そうした印象はあまり強くは受けなかった。
確かに、ホエールウォッチングやドルフィンスイムなどの海洋系アクティビティは、小笠原観光の主力のようである。しかし、父島二見港周辺は、おねいさんも多少はいたが、どちらかというと私と同年代ないしはちょい上のナイスミドルや家族連れが多く、落ちついた雰囲気であった。カラスも、スズメも、カモメも、トビもいない静けさがより一層そう感じさせたのかもしれない。
目にする光景と妄想アイランドとのギャップは、私に冷静さを取り戻させる。よくよく考えれば、これらの海洋系アクティビティ、東京から船に24時間も揺られて来なくても、伊豆や沖縄あたりでも十分に堪能できそうなものである。
もちろん、これらのアクティビティにもこの島ならではの良さもあろう。しかし、わざわざ小笠原までくるからには、”ここ固有の陸域生態系を味わうのが本質ではないか?”、生物屋の端くれとしてはそう思えてきたのだ。ただし、知床のようにサケマスが大量に遡上するわけでもなく、ヒグマやエゾシカのような大型哺乳類がいるわけでもない。そういう意味では、知床ほどのダイナミックさはなさそうだ。オガサワラオオコウモリとかアオウミガメ、海鳥類などの主役級もいるにはいるが、この地を堪能するには、どちらかといえば、植物、昆虫、陸産貝類あたりをじっくり観察し、進化の実例を噛みしめるという、思っていたよりもずっと大人な楽しみ方こそ核となろう。すっかり浮かれて本質を見失っていた自分に「このバカチンがっ!」とゲンコツの一つでもくれてやりたい。
気になった微妙な状況1 アフリカマイマイの殻を背負うオカヤドカリの貝殻争い

気になった微妙な状況2 グリーンアノール駆除トラップにかかったオガサワラヤモリ

しかし、市街地付近以外のほとんどが、国立公園法の特別地域か特別保護地区であるこの島では、採集も、決められた歩道以外の移動もできない。この条件の中、自力でこれらを堪能するには限界がある。ここでは勝手気ままに楽しむよりも、島で運営されているアクティビティへの参加が不可欠になると感じた。ちと金がかかるのが痛いが、生物多様性保全という観点からみるとやむを得まい。いつの日か、トレッキング系のアクティビティに参加して、詳しい人と島を歩いてみたいものだ。そして、夕日を眺めながら「進化の一端を感じちまったぜ…」などと遠い目をして黄昏てみたい。
そうだ、その後には海洋系アクティビティに参加しよう。妄想の世界も実はあるかもしれないし。
少なくとも青い海はあった