2013年11月27日水曜日

THE NAKED APE(裸の猿:Desmond Morris著) 覚え書き:第一章

 思うところがあって、人間の形態や行動を、動物学の側面から捉えた名著「THE NAKED APE(裸の猿:Desmond Morris著)」を読み始めました。
別にブログで書くようなことでもないのですが、覚え書きを残しておきたいと思ったので書き留めてみました。今回は、今日読んだ第一章について書いてみます。




第一章:Origins

この章では、人間の起原は森林性で果実食の霊長類であり、それが平地で動物を狩るように進化してきたことをいくつかの根拠を元に述べています。
次いで、なぜ森林性霊長類から狩をする猿になる過程で、毛を捨てた「裸の猿」となったのか、これまでに世に発表されているいくつかの仮説を並べて推測しています。この本では、「裸の猿」となった要因として、最終的には体温調節のための進化である説がもっとも有力として落ち着くのですが、これ以外にでてきた4つの仮説が挙げられています。
これが、なかなかに面白い。
4つの仮説とは、1)皮膚に付く寄生虫に対する防御策としての進化、2)水域生活に適応した進化、3)種の認識機構としての進化、4)性的信号としての進化、です。
とりわけ興味があったのが2つめの水域へ出た説で、これは、進化の過程で森林生活から平地に生活圏を移す前に、一時期海域を生活の場としていた時代があり、この時期に水生生活に適した形態に特化した結果なのではないかと言う説。
要するに、泳ぐのに無駄な毛はなくなり、イルカやクジラのような水の抵抗のない体つきで、かつ保温できるような脂肪層を持った皮膚になったのではないかというものです。
体つきに関する説明もそれなりの説得力はあるし、森林から平地の狩猟に移るよりは、海辺で貝や魚を食べる生活のほうがずっと移行しやすかったのではないか・・・などと思うと、この説も捨てがたいのではと思ってしまいました。
実際、最終的に有力としている体温調節のための進化にしても、根拠となる証拠はないようですので、水生生活説も可能性としてはなくはないのではないかとも思います。
まぁ、この本も、1960年代の本ですので、今となってはこの件についても、もう少し議論が進んでいるのかも知れません。
機会があったら調べてみたいと思います。

そうそう、それと、今回は英語版と訳本と両方購入したのですが、この本の英語版は難しい単語はなく、比較的読みやすいです。ま、訳本と照らし合わせて読んでいるわけですが・・・
文章的にはコロンやカンマが多く、こういった部分に苦手意識がある人には、訳本とあわせて多読教材として非常に有効な気がします。内容も面白いですし。

2013年11月25日月曜日

大人向け?

最近の小学生の宿題は私が子供の頃と比べるととても多く、小学四年生の娘は毎日よくまぁやるわ・・・というくらいやってます。
そんな宿題の中のひとつに、国語の文章音読があります。
子供にしてみれば、長いお話を何回も読まなければならないので、大変苦痛な作業のようですが、聞かされる側の私は実はちょっぴり楽しみだったりもします。

今日聞いた娘の音読課題は、有名な新美南吉の「ごんぎつね」。
内容を追ったのはものすごく久しぶり、それこそ小学生以来でした。




そうそう、話の発端はキツネの「ごん」がウナギをいたずらしたことでしたね。
「兵十」の採ったウナギをいたずらした「ごん」が、その後、それがとても大切なものであったと知り、悪いことをしたと反省する。
そして、栗などを置くことでちょくちょく埋め合わせをするようになる。
しかし、ウナギの一件で「ごん」を盗人だと思いこんだ兵十が、栗を置きに来たごんを撃ってしまう。そんな話です。

本題とはちょっと外れるのですが、私が気になったのは、兵十がウナギを捕まえるのに使っていた漁具です。
教科書を見せてもらうと、「はりきり網」として、図入りでかかれていました。
図を見ると、これは今で言う小型定置網で、私も調査でしょっちゅう使っている漁具です。こんなところで、別な呼び名を知ることになるとは思いませんでした。
そして、この当時、川で取れた魚は、人の暮らしの中で重要な役割をしていたことも再確認して、少し嬉しい気持ちになりました

さて、話は変わりまして本題のほうに移ります。
昨晩この話を聞くまで、私はこのお話を、「いたずらばっかりしていると、悲しいことが起きることもある」というような、ちょっと切なく、そしてちょっと説教じみた話だと思っていました。
しかし、昨晩この話を聞くと、少し違った印象を受けました。
それは、「相手を最初の印象だけで決め付けて扱うと、その後悲しい結果になることがある」と言うものです。
要するに、子供の頃は「ごん」側の立場でものを考えていたのに対して、親となった今は「兵十」の立場で物語をとらえているのだと思います。

年とともに、物語の捉え方が変わるというのはごく当たり前のことだとはおもいますが、書いた新美南吉はどちら側をイメージして書いたのでしょう?
「童話」と言うカテゴリーからは、つい子供向けであることを連想してしまいますが、ひょっとしたらこれは大人向けのお話だったのかもしれないなぁ・・・とふとそう思いました。