2013年11月25日月曜日

大人向け?

最近の小学生の宿題は私が子供の頃と比べるととても多く、小学四年生の娘は毎日よくまぁやるわ・・・というくらいやってます。
そんな宿題の中のひとつに、国語の文章音読があります。
子供にしてみれば、長いお話を何回も読まなければならないので、大変苦痛な作業のようですが、聞かされる側の私は実はちょっぴり楽しみだったりもします。

今日聞いた娘の音読課題は、有名な新美南吉の「ごんぎつね」。
内容を追ったのはものすごく久しぶり、それこそ小学生以来でした。




そうそう、話の発端はキツネの「ごん」がウナギをいたずらしたことでしたね。
「兵十」の採ったウナギをいたずらした「ごん」が、その後、それがとても大切なものであったと知り、悪いことをしたと反省する。
そして、栗などを置くことでちょくちょく埋め合わせをするようになる。
しかし、ウナギの一件で「ごん」を盗人だと思いこんだ兵十が、栗を置きに来たごんを撃ってしまう。そんな話です。

本題とはちょっと外れるのですが、私が気になったのは、兵十がウナギを捕まえるのに使っていた漁具です。
教科書を見せてもらうと、「はりきり網」として、図入りでかかれていました。
図を見ると、これは今で言う小型定置網で、私も調査でしょっちゅう使っている漁具です。こんなところで、別な呼び名を知ることになるとは思いませんでした。
そして、この当時、川で取れた魚は、人の暮らしの中で重要な役割をしていたことも再確認して、少し嬉しい気持ちになりました

さて、話は変わりまして本題のほうに移ります。
昨晩この話を聞くまで、私はこのお話を、「いたずらばっかりしていると、悲しいことが起きることもある」というような、ちょっと切なく、そしてちょっと説教じみた話だと思っていました。
しかし、昨晩この話を聞くと、少し違った印象を受けました。
それは、「相手を最初の印象だけで決め付けて扱うと、その後悲しい結果になることがある」と言うものです。
要するに、子供の頃は「ごん」側の立場でものを考えていたのに対して、親となった今は「兵十」の立場で物語をとらえているのだと思います。

年とともに、物語の捉え方が変わるというのはごく当たり前のことだとはおもいますが、書いた新美南吉はどちら側をイメージして書いたのでしょう?
「童話」と言うカテゴリーからは、つい子供向けであることを連想してしまいますが、ひょっとしたらこれは大人向けのお話だったのかもしれないなぁ・・・とふとそう思いました。

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