2020年10月25日日曜日

勢いの末路

「やるなら今しかねぇ」

“北の国から’92巣立ち”のなかで、黒板五郎さんが口ずさんでいた歌の一節だが、この言葉は本当にすごいパワーワードだと思う。

汎用水中撮影システム OUTEX

先日、職場でPCに向かっていると、後輩が報告してきた。

「俺、水中機材揃えましたよ。Outexにしました。」

「あうてっくす…なんだね、それは?」

「クラウドファンディングで開発されたゴム製のハウジング(※:水中撮影で使うカメラの防水ケース)です。どんなカメラとレンズの組み合わせでも入るんですよ。」

なんと、”どんなカメラとレンズの組み合わせ”でも入る汎用のハウジングとな。

ハウジングは基本、各カメラの操作系に合わせて作られる。同じメーカーのカメラでも機種によってボタンの位置や大きさが違うので、1機種に対応するものは他の機種には使えない。現在、一眼カメラを出しているメーカーのうち、純正でハウジングを出しているメーカーはオリンパスのみだ。そんなわけで私は選択の余地なくオリンパスカメラのユーザーである。

一方、後輩はキャノンユーザー。彼とは一週間後に北海道に水中写真を撮りに行く予定であった。キャノンのカメラの場合、ハウジング専門メーカーのものを使わねばならない。そして、これがまた一般人にはとても手が出ないくらいに高い。カメラ本体のハウジングと、それにつけるレンズポート(※:レンズ部のハウジング)を合わせると30~40万は軽くかかってしまう。それがOutexならば数万程度(それでも安くはないが)で済む。しかも、カメラもレンズも種類は問わない。彼にとって、Outexとやらはかなり現実的な選択肢だったのであろう。

早速後輩を横に「Outex」と検索してみると、検索上位にはバイクのパーツサイトがたくさん出てくる。どうやらハウジングとしてのOutexは、まだあまり知名度は高くないらしい。

それならばと、「Outex housing」といれると目的のページが現れた。英語オンリーの海外サイトだ。ホームページのつくりはスッキリと洗練されており、なかなかの好印象を受ける。

https://outex.com/

なるほどなるほど、カメラのところだけ膨らんだゴム筒のようなものに、レンズをつけたカメラを収め、レンズのフィルター径と併せたガラス蓋で密閉する構造なのだな。確かにこれならば、かなりのカメラとレンズの組み合わせをカバーできそうである。

「レンズの部分が固定されてるのが良いんですよね。」後輩が言う。

そうなのだ。かつてこれに類似した汎用のビニールケース的な商品を使用したことがある。その時はレンズ部分が固定されておらず、カメラレンズとハウジングのレンズがガシガシと当たってしまっていた。結果として、ハウジングのレンズ部内側が傷だらけになってしまったのだ。特に、あれの場合はハウジングのレンズ部がアクリル製だったので傷が着き放題だったのである。

Outexだと、ハウジングのガラス蓋(レンズ)をカメラレンズのフィルター装着部で固定するので安心だし、レンズ部はガラス製で画質もよさそうだ。

ゴム筒は半透明で、頑張ればカバーをつけてもボタン類や液晶を透かし見ることもできる。ただ、いかんせん見にくいので、カメラの後部にもガラスをはめるPro Kitなるものも準備されているようだ。

背面。ホコリがいっぱいついているのはご愛敬

個人的に気になったのはストロボである。ストロボ用のアーム類をつけるカバーや拡張パーツもあるのだが、これが一体どう接続すればよいのかわからない(しかも、いろいろそろえると高そうだ)。しかし、普通のカバーでも筐体の小さいE-M1であれば、ある程度余裕がある。正面一灯で良いならば、ストロボをつけたまま収められそうだ。なんならゴムカバーがデフューザーにもなりそうで、なかなかではないか。

北海道に行くのは一週間後という"時間的制限"、"手持ち機材の古さ"、陸上で使っている"E-M1とM.Zuiko12-40mmを水中で使える魅力"、さらには"後輩の軽妙なセールトーク"…これらの要因が重なりあい、私の頭の中ではすでに”五郎さん"が歌いはじめていた。「やるならいましかねぇ!」


サイトの流れに身を任せ、購入ページまで進んでいくと、これがまたよくできている。カナダのメーカーらしいが、郵便番号を入れると日本の自宅の住所が表示される。海外注文でよくあるように「日本の住所って英語でどう書くんだっけ…」などとつまらぬことで悩まなくてよいのだ。オンライン決済も出来てしまうし、購入までの流れがストレスフリーに近い。こうなってはもう抵抗は不可能である。

あれよあれよという間にEntry CoverとFront Glass(Entry Kitと同等だがバラで買ったほうが安かったので)を購入してしまった。

待つこと3日。

Fedex Express郵送によりOutexは、はるばるカナダよりあっさりと自宅に到着した。

届いたOutexを眺めてみると、やはり小さい。ポケットサイズではないか。

これで一眼の水中撮影ができるなんて夢のようである。カメラを収納してみると、もともとE-M1は、他社の一眼レフと比べれば小さいので難なく入る。ストロボはE-M1付属の標準ストロボを使うは無理そうなので、あらかじめOLYMPUS-PENシリーズ用の高さの低いFL-LM1を用意しておいた。これをつけて収納すると流石にちょっと窮屈で、ストロボ部だけ四角くゴムが突っ張ってしまう。それでも、なんとか入らないことはない。十分実用可能と判断した。

折りたためばポケットサイズ

さて、所変わって北海道。私と後輩はサクラマスとカワシンジュガイを探していた。9月中旬の道北は、サクラマスにとってはもう遅い時期で、見かけるのは産卵後の斃死個体ばかり。

撮影内容自体はそれほど芳しくはなかったものの、Outexは機能通りに使えていた。ストロボもうまく機能していたし、画質もクリアだ。コンパクトなので持ち運びはもちろん、ちょっと立ち寄った川にもライトな気分で持って入れる。

機動力というのは数字に出ないカメラスペックであるが、重要な要素であると再認識した。

一方で、いかんせんゴム製だけに、カメラのダイヤルやレンズのズームリングが回りにくい。回した後にちょっとした戻りがあるのだ。また、設定変更時には、カメラ本体の小さなボタンをそのまま押すことになるので、手袋をつけたままでは操作しづらい。液晶が見づらいのはPro Kitを買えばいい話であるが、ボタンの押しづらさはどうしても残るだろうなぁ…。

どうやら、このアイテムは素手で操作するのが前提で作られているようだ。川や海のなかにガッツリ沈めるのではなく、湿地や海水浴など、「濡れる可能性がある場所」あるいは「ちょっとだけ沈めて取りたい場所」でこそ真価を発揮できる機材のように感じた。


さて、4本ほど川をめぐったあたりだろうか。カワシンジュガイの撮影をしていると、シャッターが切れたり切れなかったり、どうもカメラの調子が悪いような気がした。

「おいおい、勘弁してくれよこんな時に!」

カメラの処理能力がいっぱいになって動きが鈍ったのかと思いながら撮影を続けると、今度は突然「カカカカカッ!」と猛烈な連射を始めるではないか。シャッターボタンを離しても連射はやまない。

驚いて手元を見ると、カメラの液晶部とカバーがくっついて画面が妙にクリアーだ。

「むぁっ!水没かっ!」

陸上へとあがって、しげしげと見れば、時すでに遅し。

Outexのゴムカバーの底には2mmほどの水が…

水没の原因は明らかで、ストロボの角ばった部分のゴムが伸び、一部に穴が開いていたのだ。個人的には多少浸水したって「E-M1は防塵防滴なので大丈夫だ」と思っていたのだが、ストロボとの接合部にはカバーがないことを思い出した。水はそこから来ているようだった…

思い出すのは、ゲームやマンガに夢中になっているときに、母親に声をかけられても生返事ばかりしていると、ついには雷が降ってくるという少年時代のあのパターン。初期の段階で対応していれば被害はもっと少なかったのだろう。特に被写体はカワシンジュガイ。少々目を離したって動くものではなかった。しかし、私という人間はそんなに器用にできていないらしい。世間のパソコンはコアが4個だ6個だと言っている中、私の頭はいつまでたっても1コアなのだ。

ちなみに愛機E-M1、最終的にはシャッターすら切れなくなり、電源を入れると白画面の液晶に、手振れ補正の「コォォォー」という音だけがなる、怪音を発するマグネシウム合金の小箱と化した。


Outexの名誉の為に報告しておくと、適正な使い方をしていた後輩のほうは最後まで通常使用にまったく支障をきたしていない。つまり、この不具合は、無理やりストロボを突っ込むという不適切な使用が生んだものであることは書いておかねばなるまい。Outexの日本での使用者は、多分まだほとんどいないのではないかと思う。そういう意味ではこのブログはかなり早い段階での使用レポートになろうかと思うが、その内容がこんな感じでOutexには誠に申し訳ない限りである。


さて、話はもう少し続く。この時点での私は、カメラを失ったダメージよりも、この先どうやって写真を撮るかに思考が向いていた。また、Outexをこのままただの”穴あきゴム”なるデンジャラスアイテムのままにしておくことにも我慢がならなかった。さらにいえば、「北海道でのサケマスの産卵を目撃するこの時間は取り戻せるものではないのだ!」的な勢いもついていた。

その日の工程が終わり次第、ホームセンターへ駆け込み、接着剤”スーパーXブラック”を購入。即刻穴をふさぐと、再び脳内には黒板五郎が登場した。もう、頭の中では口をとんがらせながら「やるならいましかねぇ!」とコブシをふるいっぱなしである。

翌日、北見のカメラのキタムラに駆け込むと、勢い、E-M1markIIを購入してしまった。カメラの購入など実に5年?ぶりである。

以降の撮影はこのカメラをOutexにはめて使った。

つまり、穴があいて水没したゴムに簡易補修だけ施し、大枚はたいたNEWカメラに装着し、水中に突っ込む、という極めてリスキーな行為をとっていたわけだ。幸いにもそれ以上の2次災害は生むことなく、それなりの撮影成果も得ることができたが、思い返してみるとなかなかの鳥肌ものである。

北海道から戻った現在、印象に残っているのは「やるならいましかねぇ!」の精神がもたらす”脳内リスクマネジメントシステム無効機能”の凄まじさのみである。

カメラに関してはと言えば、E-M1を失ったダメージと、勢いで買ってしまった後ろめたさが混ざりあい、新しいカメラについて触れる気が起きない。せっかく買ったのに、新しい機能や画質を確認することすらしたいと思わないのだ。むしろ目につかないように遠ざけている感すらあり、昔から愛用している古い水中用のカメラシステム(E-PL5)の強化を考えはじめたくらいである。多分、人間の脳には、勢いで起こした過去の行動を忘れようとする機構があるのではないかと思う。

一応撮れたカラフトマス。ストロボがないのでメリハリがイマイチ。