2013年12月16日月曜日

小屋掛けオトリ投網漁

富山県、神通川の河原には、秋になるとブルーシートなどでできた簡素な小屋が立ち並ぶ。
これは川に遡上するサケを捕獲するために設置されるものだ。各小屋には捕獲の免許証が掲げられている。

「昨日、一昨日で30くらいとれたかな」、漁をするおじさんは、そう話してくれた。


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この小屋は、投網を用いたサケの捕獲に使われる。
小屋の前には、生きたサケを紐にくくって”おとり”として川につけておき、その状態で小屋の中に入り、しばらく待つ。
すると、”おとり”につられて他のサケが寄ってくる。そこを投網で捕まえるのだ。
川でのサケ投網漁は、東北、北陸、関東、いずれの地域でも見かける比較的一般的な方法である(北海道では見たことはない)のだが、神通川でのサケ漁は”おとり”を使う点でやや特殊と言えよう。この漁は、「小屋掛けオトリ投網漁」と呼ばれる。

使われている投網
対象魚がサケなので、目合いはかなり大きい。
さて、私は仕事での縁あって、数年にわたり神通川に訪問させてもらっている。サケ漁を見るのも今年が初めてではないのだが、これまでずっと気になっていたことがあった。
それは、”おとり”として使うサケの性別だ。

この漁を行う秋は、言うまでもなくサケの産卵期である。漁の方法から考えると、産卵期のサケには他の個体に寄って行く習性があるのは事実だろう。それも、時期からして、オスとメスが寄るだろうというのが素直な発想だ。

これまで、私の頭の中でサケの産卵は、「メスが産卵場を決めて産卵床を掘り始め、そのメスをめぐってオス同士が争う」、そんな図式が出来上がっていた。
もしこの図式が正しいのだとすると、”おとり”にすべきはメスであろう。メスに群がるオスの習性を利用するのが自然だ。

しかし、不思議なことに、実際にみた”おとり”の多くはオスだった。
サケ漁をされている方の一人に尋ねると、「オスでもメスでもどっちでもいい。オスをつけとけばメスがくるし、メスをつけとけばオスがくる。」そんな答えが返ってきた。

”おとり”のサケ(オス)
しかし、数を見れば見るほど、”おとり”はオスが多い。
オスを使ったほうがよいと考える漁者が多いのは間違いない。

今年、周りにまだ他の個体が集まっていない、オスの”おとり”の、成り行きを見る機会があった。
しばらく、その”おとり”を見ていると、まもなくメスのサケが訪れ、その近くで産卵床を掘り始めた。
やはり、メスは産卵場を決めるにあたってオスを確認しているようだ。どうやら「メスが単独で産卵場を決める」という図式は違うらしい。
オスが場所を決めているとも言い切れないのだが、少なくともメスが産卵場を選ぶにあたってオスの存在は重要な要素になっているに違いない。
このあたり、つきつめるともう少し面白いことがわかってきそうだ。

紐で繋がれたオス個体の横で、産卵床を造成するメス個体
なお、漁はサケのみでなく、サクラマスについても同様の方法で行われている。この場合も、やはり”おとり”にはオスが多く使われているように思う。

”おとり”のサクラマス。こちらも使われるのはオス個体が多い。
神通川では川のあちらこちらで、このような漁が行われているわけであるが、日本全国レベルで見ると、ここまで川のサケ漁が盛んな場所はあまりない。
脂ののった海のサケや海外のサーモン類が市場に大量に出回る昨今、あえて川のサケをとる必要はないのだろう。川のサケは人工授精用の採卵個体というイメージが強い。

神通川は有名な”富山のマス寿司”の本場であり、古くから根付くサケマス文化がある。それゆえ、今なお川でのサケ漁が残ったのかもしれない。捕獲されたサケは、漁獲量から考えても流通するような性質のものにも思えず、多くは自家消費だろう。
つい最近まで私は、「川のサケは脂が抜け、臭みがあっておいしくない」、と思っていた。これは、食べた後の感想ではなく、あくまで伝聞情報を断片的に集めた先入観だ。
ところが、2年ほど前だろうか。川のサケを食べる機会があった。食したところ、その味は上質な白身魚のようで大変に美味に感じた。もう一度食べたいと思うのだが、なかなかに手に入る機会がない。
ちまたでは、採卵後に肥料にしたり、捨てられたりされているという話も聞くのに・・・。
海での漁獲技術が未熟であった頃は、海のサケよりも川のサケのほうが一般的でだったのであろうが、今となっては川のサケは、金を払ってもなかなか食せない”幻の味”となってしまったようだ。

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